「存置残量実測」
所在地:群馬県前橋市
用途:なし
規模:84.41㎡
企画:as llemo as
協力:田中さん 藤井さん asas
撮影 asas 、舘孝幸
年代:2021年

この作品は、広瀬川に面する元書店の空き家「望月書店」に残された
家財の解体・分別を、この建物が生まれ変わるに際しての儀式、
それに伴う供物として成立させるものである。
他者が築き上げた生活の到達地点たる空き家を自らの手で再構築する際の期待感、
一種の罪悪感と向き合うことが原動力となった。
ある建物が生まれ、現在に至るまでに集積された
「記憶」「思い出」「歴史」。
これらには定量的な尺度が存在しないが、
確かな感覚として、私たちに何かを訴えてくる。
何かが入っていた箪笥。
何かを映した鏡。
何かを湛えた器。
その「何か」を知るのは、そこに生活を営んだ人々のみである。
単なる物体を超え、言うなれば精神的な重量を宿したもの。
私たちはそれらを、「存置物」と名付けた。
存置物は、空き家の流動性を妨げる。
先に述べたように、その場所に生活を営んできた人にとっては、
第三者には想像し難いほどの精神的な重みを持っているためである。
生活の場所を移し、空き家となった建物の多くは、
倉庫として使われていると言う。
そこにある存置物を撤去しないことには、
売りに出すことも貸し出すことも難しいのだが、
いざそれらを手放そうと考えると、物理的な労力に加え、
何より思い出との別れに伴う精神的な負担を想像してしまう。
そして結局持ち主は、倉庫、思い出の入れ物としての
現状維持を選んでいるのだろう。
ここ、望月書店は、そんな存置物を建物と共に引き継ぐことで、
新たな時を紡ぎ出すことになった稀有な例である。
今後、改修を進め、パン屋、コーヒー店、建築設計事務所が
入居する予定となっている。
その実際的な準備として存置物の片付けに着手しようとすると、
やはり存置物は例に漏れず私たちに何かを訴えてくる。
その正体は何なのかという興味が膨らむ。
そこで、存置物をマテリアルレベルまで解体し、
その量とありさまを集積した。
この建物が出来てから今この瞬間に至るまでの間に、
様々な出来事があり、物は運び込まれ、運び出された。
その結果として現在、
どんな種類のものが、
どんな年代のものが、
どんなバランスで、
合計すればどんな量で、
どんな重さで、
どんな広さで、
残っているのだろうか。
当時の書店部分に一旦プールすることで見つめ直し、
計らう試みである。
存置物を、ただ運び出し、捨てるものとして捉えるのではなく、
測り、向き合うべきものとして捉える。
これにより存置物は、定量的に一覧できる「存置残量」として現れる。
そして、この場所の「記憶」「思い出」「歴史」に思いを馳せ、
新たに刻まれる時を想像する契機となる。
さながら葬儀のように。
さながら婚儀のように。
これは、存置物を主役にした、別れと門出の儀式である。